痛みを科学する

「痛みの治療を行っていますか?」

「痛みは鍼灸などの東洋医学で治りますか?」 という質問がよくあります。

痛みを訴えて来院される患者さまは非常に多く、しかも診療所や病院を受診されて経過があまり思わしくないと言って来院される方が多くおられます。
今日においても、慢性痛、特に神経因性疼痛は治療法と機序の解明に大きな課題を残しており、痛みを扱うことは難しい。痛みはきわめて個人的な体験であり、その成り立ちも複雑であることから、痛みの治療は一筋縄にはいかない。腰痛をはじめ、痛みの克服こそが医の原点である、などといわれます。
そこで、今回、患者さまの疑問の解消と生活の質(QOL)の向上の一助ともなればと思い、痛みについて考えてみたいと思います。

1.痛みとは

国際疼痛学会が、痛みを「実質的または潜在的な組織損傷に関連した不快な感覚および情動体験」であると定義しているように、痛みには、感覚の側面と情動の側面とがあります。
感覚の側面は、視覚、聴覚の場合、外界に感覚の対象があって、他者と感覚対象の共有ができ、お互いの合意が形成されやすいが、痛みの感覚対象は自分自身のなかにあり、他者と痛みの体験を分かちあうことは原理的にできません。私たちにできることは他者の痛みを理解し、共感しようと努めることです。情動の側面は、痛みに伴う不快感、苦しみ、不安、恐怖などです。
痛みをもつ患者さまが診療所・病院や当院を受診される動機となるのは、このような原理的に他者と共有できない痛みに対する情動の側面があるからだろうといえます。
痛みは一般的に急性痛と慢性痛に分けることができます。慢性痛は予測を越えて継続する痛みであり、多くの場合、眠れない、イライラする、食欲が無い、便秘がある、自信が無い、うつ傾向であるなどの特有の心理学的特徴を示すことが多くあります。この特徴が慢性痛の結果なのか、それとも慢性痛を生じやすい素因になっているのかはわかっていません。
痛みにはさらに、物理的痛み、情動的痛み、社会的痛み、スピリチュアル・ペイン(精神的・霊的痛み)の4つの要素からなるというトータルペインという概念があります。
この考え方によると、慢性痛の場合には物理的な痛みだけでなく、これらすべてを考慮する必要がある、情動的痛みは物理的痛みに高頻度に合併する不快感や不安に関連した痛みであり、社会的痛みは人間関係や社会的孤立に由来する痛みであり、スピリチュアル・ペインは痛みの解釈に関連した痛み、生きる意味や価値観、罪悪感などとの関連のなかで感じる痛みであり、社会的痛みやスピリチュアルペインは医師あるいは治療家に着目されにくいため、治療が不完全なものになる可能性が高いといわれます。

2.痛みの伝達路

侵害受容器(侵害刺激を電気信号に変える変換器)からの痛み刺激は2種類の求心性繊維によって、末梢から脊髄へ伝達されます。侵害受容器が刺激を受けると交感神経が興奮し、末梢血管の収縮を介して、局所の血流を減少させ、そのため局所が低酸素状態になり、そこに発痛物質が蓄積され、間接的に痛みを増悪させる可能性が考えられています。交感神経ブロックによる除痛は、この悪循環を断つことで達成される場合と、解剖学的に伴走する侵害受容求心神経繊維を合わせてブロックすることで達成される場合があるといわれます。
末梢からの求心繊維は脊髄で内臓神経叢からの感覚繊維などと複雑に連結して関連痛に関与し、そこから上行した刺激は、大脳皮質と大脳辺縁系に投射され、皮質で痛みの場所、性質、強さなどを認知し、辺縁系では不快感や不安などの情動反応や、頻脈、冷汗などの交感神経反応に影響を与え、それらを認知するといわれています。

3.痛みの種類

生理学的には、侵害受容性の痛み、非侵害受容性の痛みに分類することができ、前者には内臓痛、関連痛、体性痛があり、後者は神経因性疼痛と心因性疼痛に分類できるといわれます。
①侵害受容性の痛みは、痛みを感じる侵害受容器が刺激されて起こる急性の痛みであり、侵害受容性の痛みには、(1)腹部などの内臓痛、内臓痛は痛みの部位が明確でなく、締めつけられる痛み、鈍い痛み、深い痛み、などと表現され、圧痛や関連痛(放散痛)がみられ、悪心・嘔吐・発汗などを伴うことがあるとされています。(2)強い内臓痛が別の領域から生じるように誤認する関連痛、(3)骨、筋、皮膚から生じる痛みで、体を動かすことによって強くなることが多い体性痛、体性痛は痛みの部位が限局し、持続的にうずく痛み、刺しこむ痛みと表現され、叩打痛が病変に一致してみられ、代表的な体性痛は筋肉痛である、に分類されます。 侵害受容性の痛みは身体に異常が発生したことを知らせる警告信号としての意味があるとされています。
②神経因性疼痛(神経障害性疼痛)は、「神経系の損傷や機能異常によって起こる痛み」であり、末梢神経の損傷、感受性の増加、中枢神経系の機能変化など様々な機序によって生じるといわれます。 この痛みは、うずくような、チクチクする、灼けつくような、電撃様などと表現される痛みが神経の支配領域に一致して表在性に放散する慢性痛であり、この痛みは、痛みの警告信号としての意味は失われており、苦痛としての痛みが患者さまを苦しめ、生活の質(QOL)を著しく低下させるとされています。
③心因性疼痛は、身体的に痛みの原因を認めず、心理的、社会的要因により生じると考えられる慢性痛であり、不安障害、うつ病、身体表現性障害などの疾患においても痛みが主訴になることがありますが、実際、純粋な心因性疼痛はそれほど多くないので、安易に心因性であるとの先入観をもつことのないように注意すべきであるといわれます。
痛みからの解放は、その人がその人らしく生きるために不可欠な要素であり、東洋医学とりわけ鍼灸治療などによって、どんな種類の、どんな痛みの解放が可能なのか、課題のひとつであるといえます。

4.痛みの調節機構

大脳皮質や大脳辺縁系などの上位中枢から脊髄の侵害受容経路に対して、下行性の抑制機構が働いており、この下行性抑制系の神経伝達物質に、セロトニン(ノルアドレナリンやドーパミンと並んで、体内で特に重要な役割を果たしている三大神経伝達物質の一つで、人間の精神面に大きな影響を与える神経伝達物質であり、セロトニンが不足すると、うつ病などの精神疾患に陥りやすいといわれる物質)と、ノルアドレナリン(副腎髄質や交感神経終末などから分泌され、血圧上昇や血糖上昇作用などがあるといわれる物質)が関与しているといわれる。 その他に、エンドルフィン(脳内モルヒネ物質)やエンケファリン(体内モルヒネ物質)などの内因性オピオイド(鎮痛薬物)が産生され、鎮痛する機構があり、これが鍼の鎮痛作用に関連があるのではないかと考えられています。

5.鍼灸治療の適応症

鍼灸治療は東洋医学の診断治療体系に基づくために、現代の医学で規定される疾患名のみによって、鍼灸治療の適応、不適応を正確に論じることは難しいといえます。鍼灸治療は明らかな愁訴があるにもかかわらず、種々の理学的、生化学的検査で異常を認めない病気になる前段階としての未病段階が最も適応すると考えられます。
さらに慢性期では、西洋医学(薬物、理学療法など)と鍼灸治療を併用し、軽い運動や体操などを習慣的に行うことによって素晴らしい効果が得られることを、長年病院内あるいは病院外において、拝見したり、体験している者として、西洋医学と鍼灸治療との併用治療が社会で実施されることを期待します。
WHOは、1979年に、43疾患を鍼灸の適応症として発表し、1996年には49疾患を適応症としてリストアップし、その後、EBM(科学的根拠に基づいた医療)に基ずく検討の上、37疾患を適応症として発表しています。
鍼灸治療はその効果が全身に及ぶために、生体の機能低下の回復や、機能を改善する効果があり、体質改善や長年の病態の膠着状態からの脱却、健康の維持増進、免疫力の増強、病気の予防的効果に期待が高まっています。つまり、鍼灸治療は、病気の予防と軽症の治療、そして慢性期の病気の治療に最適であるといえます。

6.痛みの治療と鍼灸治療

痛みの治療目標は、患者さまを痛みから解放し、生活の質(QOL)が向上するように支援することであり、痛みの治療法には、薬物、神経ブロック、理学療法、鍼灸、心理療法、手術などが考えられます。
鍼灸治療は、鍼灸医学の概念を応用した治療法です。「鍼術とは一定の方式に従い、鍼をもって、身体表面の一定部位に接触または穿刺刺入し、生体に一定の機械的刺激を与え、それによって起こる効果的な生体反応を利用して、また灸術とは同じく一定の方式に従い、艾を燃焼させ、またはこれに変わる物資を用いて、身体表面の一定部位に温熱刺激を与え、それによって起こる効果的な生体反応を利用して、生活機能の変調を矯正し、保健および疾病の予防または治療に広く応用する施術である」と定義されます。 鍼灸治療は疾患別に対応する医療ではなく、基本的には生体の調節機能全般に作用して、生体の恒常性を賦活させて病態を改善するという特徴を持っています。
2000年以前の中国に起源を発する世界最古の医学・医療であり、治療そのものが情動の変化を含む多様な生体反応の集合であり、科学的なメカニズムの解明が困難であることから、近代西欧医学とは別の体系に基づく伝統・代替医学として位置づけられてきました。
しかし近年、米国などにおいても鍼灸治療への要望が高まり、伝統・代替医療から統合医療へと社会的認識が高まりつつあります。 つまり、近代西洋医学の成果を踏まえて、従来から存在した伝統医学を加えた新しい相補代替医療、統合医療へと再編成が行われつつあるということです。日本でも幅広い領域で鍼灸治療が行なわれており、医学部の医学教育に東洋医学や鍼灸治療を取り入れる大学が増加しつつあるといわれます。

7.鍼灸治療の有効性の立証

鍼の鎮痛機序解明の研究によって、鍼をすることによって、体性神経系、自律神経系、内分泌系に影響を与え、中枢神経系から鎮痛作用、身体の自己調節作用、免疫作用などに効果のある化学物質が放出されることが解明され、鍼灸治療の全身的な臨床効果の科学的な根拠が次第に明らになっています。
NIH(アメリカ国立衛生研究所)の鍼に関する多くの研究論文が評価され、EBM(科学的根拠に基づいた医療)に適合する鍼治療の検討がなされつつあり、EBMの代表的なデータベースであるコクラン・ライブラリーの臨床試験データベースでも多くの論文が抽出され、また慢性痛などの治療効果に関する論文でも有効性が評価されています。しかし、これらを総合的に評価すると、有効であるとする報告と有効でないとする報告の双方があり、一定の結論を得るには至っていないのが現状であるといえます。
一方実際に腰痛などの患者さまに鍼灸治療を行うと治療後に痛みが軽減し、生活の質(QOL)の改善が認められることが多いことも事実であり、今後、評価をVAS(痛みの測定法として患者さまに痛みの程度を最大10、痛みなしを0として記録する方法)だけでなく、時間的要素やSF-36(健康関連QOLを測定するための尺度)などを加味した臨床効果評価の検討を行い、治療効果に対する一定の結論を得ることを強く望みます。
最後に、鍼灸治療は、慢性痛、特に神経因性疼痛からの解放と、生活の質(QOL)の維持・向上、軽症の治療、痛みなど病気の予防に効果的な療法であるということを述べて終わります。

(参考文献)

横田敏勝『臨床医のための痛みのメカニズム』(南江堂・1990)
高木誠 箕輪良行 生坂政臣編『外来全科痛み治療マニュアル〔第2版〕』(三輪書店・2004)
森本昌宏編『ペインクリニックと東洋医学』(真興交易(株)医書出版部・2004)
恒藤暁『最新緩和医療学』(最新医学社・1999)、他